ふろむぜろぽいんと

社会人留学してしまいました。

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話せるようになってわかった。あと30年は日本人は英語を話せないと思う理由(3)

日本人の多くが外国語リテラシーを身に着け、海外に意見を発信できる日はくるのか?

参考になるデータがあった。

前回の記事はこちら

データで示されている。日本の教育では圧倒的に不足

英語の修得に必要な学習時間

出典:English Tutors Network「ETNのアプローチ 英語の修得に必要な勉強時間」(最終閲覧日2016年6月28日)http://www.etn.co.jp/approach/period.html
以下引用

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以上引用 

これを見れば一目瞭然だ。

よく「売らんがな」の下心のある英語塾や英語教材の業者が「日本人が英語を話せない理由は~」などと書いているが、そんなことを議論する必要があるだろうか?

本当なら3000時間、4000時間が必要なことに対して、1000時間で身につかないのはなぜだろう?と言っているのが今の日本なのだ。

ただ単に、勉強時間が足りていないだけ。

 

 

ただ単に、勉強時間が足りていないだけ。

 

オランダやスウェーデンなどの英語に近い西ゲルマン諸語の国だと、学校教育の1000時間とか1500時間で十分英語が話せるようになるが、似ても似つかない日本語話者の場合3000時間。

あるいは米海軍日本語学校の例では、4500時間が必要とされている。

 

それなのに。

 

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日本の学校教育を受けただけだと、英語の学習時間など1500時間

…と書いてあるけれど、よく見ると前提として「自主学習時間787時間」って。。なにこれ

そんなに自習するはずない

 

つまり実際は1000時間もないだろう。もし予習復習をまじめにやり、大学受験勉強をした秀才でも、1500時間。その密度だって、比較に使われている軍人や外務省エリートより集中しているとは考えにくい。

 

つまり現代日本において「なぜ英語ができないのか」なんてことを語っているのは、3000時間、4000時間が必要なことに対して、1000時間で身につかないのはなぜだろうと言っているのに等しい。

これじゃ全員が語学の天才になるべきだ、と言っているのに等しい

 

試しに僕も計算してみた。

合計は3000~4000時間だった。

予測に1000時間もの開きがある理由は、留学して外国で学生やっていた時間をどう計算するかによって左右されるためだ。そのころ”英語の勉強”はほとんどしていない。でも教科書も、講義も、帰ってからの会話も、見るテレビも、買い物するときも、英語だ。

これは一見すると良さそうだが、日常生活しているだけだと既存のレベルでなんとかなってしまうので、机に向かう勉強と比べると学ぶ密度が低い。ワーキングホリデーで1年も2年も海外にいても満足に英語を話せない人がいることからもわかるだろう。

1日24時間英語で生活していても、それは集中した勉強の1時間にしか該当しない。そうすると合計3000時間くらいだ。(もしこれを4時間とか5時間に相当する、と考えたら合計時間はもっと増えてくる)

 

本当だ、できるようになるまで3000時間とか4000時間が必要なんだ。。。。。

 

劇的に改善するにはあと30年かかると思う理由

このように、日本人がみな英語を話せるようになるには、授業時間を少々増やしても足りない。インドやフィリピンやマレーシアのように英語で授業をするしかない。

授業を全部英語にしたって、母国語は死なない。

僕が6ヶ月滞在したフィリピンでは300年間、スペインやアメリカに支配されたうえ、タガログ語の授業以外はすべての授業が英語。
とくに私学では、学校で地元の言葉を一言でも発したらお尻ペンペンだ。エリート層は、気取ってフィリピン人同士でも英語を話すことがある。

…そこまでしても、170にも及ぶ現地語は、消えない。とくにビサヤ語やイロカノ語とか話者の多い言葉は、公用語でもないのに衰退の気配さえない。むしろ人口増で話者は増えているほどだ。

 

でも一部私学を除いて、日本では授業の英語化なんて日は来ないだろう。その必要もない。植民地化された過去がなく、どんな学問も母国語で学習できることで学力アドバンテージを得ている日本では、授業の英語化なんて弊害のほうが大きい。

たとえば算数に関していえば、子供にとっては英語というだけで若干不利らしい。

www.wsj.com

Shellenbarger, S. (2014, September 15). The Best Language for Math. Retrieved June 28, 2016

 

だから、もし政府が英語教育を見直したとして

「小学校から英語を始めます」

「中学高校の英語の授業を増やします」

「話す/聞くことを重視する方向に転換します」

そのくらいだろう。

そうすることで、たとえば学習時間が2倍になったとしよう。

大学卒業まできちんと勉強すれば、ようやく2500時間=たぶん話せる、ということになる。

 

だが、その政策が、議論や試験導入を経て実行されるまでに何年かかるだろう?

5年はくだらない。

次に、それが導入されたあと、そうやって教育された学生が社会に出るまでに何年かかるだろう?

5歳で学習を始めて、大卒で入社して25-30歳で一人前になるまでだと、25年近くかかる。

 

つまり、今からただちに改革がはじまったと仮定しても、日本人がデフォルトで英語を話せる日は30年かかることになる。

 

予想される未来

実はこれ、チャンスでもある。

もし英語を身に着けたら、最低でも今後30年間は、アドバンテージを得られる、ということだ。

活かすところは仕事じゃなく趣味だっていい。

 

ここまで敢えてわかりやすく、話せる ⇔ 話せない  に二元化した。

だが

「まったく話せない→少し話せる」の差よりも、

「少し話せる→まったく問題なく話せる」

への道のりのほうがはるかに長い。

 

したがって30年後の日本では、英語が話せたとしても「どのくらいのレベルか」が一種のステータスみたいになっているかもしれない。(おおっぴらでなく、暗黙で。)

 

記事中でも、発音がカオスすぎてヤバい…と書いてきたが、声が大きければカタカナ風の単語の羅列でも通じたりする。
だから「話せない」は正確な表現ではない。

でも、それじゃ道案内はできても、自分の意見を海外発信できない。話せるようになりたいと思っている人が想像する「理想の自分」からは程遠い。
だから、ここでは「話せない」と定義した。

 

まずは英語より大事な人格や仕事力を身に着けないと意味がないが、もし英語を身に着ければ、あと30年はコモディティ化しないスキルという、ある意味ハッピーな結論だった。

※肝心の、じゃあどうすれば最短でできるようになるのか?…は別途検証したいが、僕のイチオシのTOEIC®スピーキング&ライティングについて以下のエントリで考察した。

www.fromzeropoint.com

 ※ことわっておくが英語を過大評価してはいない。
中国語・スペイン語圏をはじめ、世界の大半では通じない。
英語ができても優れた人格が無いと何の意味もない。
書いたのは単にサイトのテーマが英語修得だからだ。 

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